十の休

めも
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読んだ本
前回から
「先生はえらい」(内田樹、ちくまプリマー新書)
「ローレライ浮上」(福井晴敏、樋口真嗣、講談社)
「外国人による日本論の名著」(佐伯彰一、芳賀徹、中公新書)
「十二国記 東の海神 西の滄海」(小野不由美、新潮文庫)
「アメリカ病」(矢部武、新潮新書)
「文明崩壊 上下」(ジャレド・ダイアモンド、草思社文庫)
「QED 出雲神伝説」(高田崇史、講談社文庫)
「十字路のあるところ」(吉田篤弘、朝日新聞社)
「Running Picture 伊藤計劃映画時評集1」(伊藤計劃、ハヤカワ文庫)
「楚漢名臣列伝」(宮城谷昌光、文春文庫)
「ミルリトン探偵局シリーズ1 夜に猫が身をひそめるところ」(吉田音、ちくま文庫)
「死体が語る中国文化」(樋泉克夫、新潮選書)

文明崩壊が長くかかったのでそこが年の分け目か。でも十二国記を除くと一番おもしろかったのは文明崩壊か。割と予定調和的に読んでいるものが多い。あとは古本。
文明崩壊の、最後の木を切り倒す人が考えていたこと、最後の鳥を捕まえた人が考えていたこと、はすごく興味深い主題でした。今その方向に向かっているわけだけど、でも誰も自分や自分の子供や孫がその最後の何かを終わらせた一人になるとは思っていないんだろうなあ。いや、きっと実際にそうした人だって自分がそうしたという自覚はないはず。もしも自覚があって、それがこの地上で最後の一本の木なんですよ、と言われて、ハイそうですかと切り倒せる人はさすがにいないだろう。他の誰かだと思えばこそ切り倒せるのであって。そこで、それが事実であろうとも自分には最後の一本を切り倒さなければならないわけがあるのだ、と言い切って切り倒す人は、なんかそれはそれでもう違う種類の人だよね。ダイアモンドさんは中国がブレーキかからないとねー、難しいよねー、というスタンスでありましたが、最後の一冊を読む限り、なんか無理なんじゃないかって気がする。中国の人が自然というものに報復をしようとしていてそれが最後まで手を緩められないというのがなんかすごくわかる。今ここ、を大事にするその感じ、そりゃ日本人には理解できまい。
本は楽しければいいと思って読んでいるし、楽しいといいですねと思って売っているけど、ちょっと最近強欲になりつつあるかな。本に答えを求めているようじゃまだまだ。
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